2014-05-11 明智資料⑭ 日本史 信長は、桶狭間出陣時、熱田神宮で戦勝を祈願して、願文を奏しま した。 戦いは、織田方の大勝利となり、その御礼としてこの塀を奉納しまし た。 宗教心のない信長らしからぬ行為ですが、この勝利がよほど嬉しか ったとみえます。 熱田大宮司の家柄である千秋氏は、源頼朝の外戚の流れを汲む家 系として武士の尊敬を受け、自らも武士化しました。 千秋氏は織田氏の勢力拡大をうけて、その傘下に組み込まれていき ます。 千秋氏の戦歴は華々しく、信秀の時に大宮司千秋季光は斉藤道三 との戦いの最中戦死します。 その跡を継いだ、季直も恐らくは戦いの中で不慮の死をとげます。そ してその弟季忠が大宮司を継ぎますが、桶狭間の戦いの前哨戦で 無謀な突撃を敢行し戦死します。 天正二年、季忠の子季信は織田信長に拝謁します。 信長は、三代にわたり大宮司が戦死したことを嘆き、季信に大宮司 の職に専念するよう命じています。 信長塀(熱田神宮)